2013年1月24日木曜日

著作権侵害の重罪化の間違い

今の日本や米国では、著作権侵害には普通の窃盗より重い刑罰が科せられている。重くしておく理由は、侵害を検知しにくいからだと言われている。これは妙な理由付けである。それなら逆に、或る一つの内容(コンテンツなど)について、著作権という権利が「有る」ことについて権利者はどれだけの労力を払って一般国民全体に周知したのか。遍く周知させる努力を殆どしないで、もともと有るか無いか判り難い性格の権利をたまたま侵害したものに対して重い刑罰を科するのは、片方にばかり偏って味方するという「アンフェア」なことである。
 一万円札は自分の財布に入っているから「私のものだ!」と言えるのである。一万円札を道端にポツンと置いておいて「私のものだ!」と主張するのは不自然だろう。せめて自分の名前を書いた封筒に入れて道端に置いておく努力をしたら、一万円札は帰ってくるかもしれない。それが世の中の常識と言うものである。著作権についても、そのような世の中の常識というものを少しは考えて、常識の範囲での法整備をする必要がある。